Photographer Chihaya Kaminokawa 神ノ川智早

神ノ川智早

神ノ川智早

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ともちゃん

2012Mon03.05

月曜の朝、8時に目が覚めてぼおっとしたまま布団の中で携帯を見ると、出産間近だった友人の智ちゃんから「陣痛が来た」とメールが届いていた。急いで飛び起きて顔を洗い、カメラ機材をもって、車を飛ばして国分寺にある矢島助産院へ向かった。
3年前、智ちゃんは初めて妊娠した。妊娠する前、自分の友達の出産写真を撮り、「めったなことでは感動しないのに、あれは本当に感動した。」と言っていた。彼女は、あんなにすごいものをひっそり終わらせるのはもったいない、と思ったのかもしれない。自分が妊娠したときも、ちはやちゃん、ぜひ見に来て。よかったら写真撮りにきて。と言ってくれた。
私はある4月の晩、運良く立ち会う事ができ、そのとき初めて目の前で人が産まれてくるところを見た。
2度目の出産の今回は、智ちゃんの夫と一緒に、3年前に同じ場所で産まれた娘も来ていた。大きくなったねえ、と声をかけるとちょっとにこっとしたけれど、少し緊張しているみたいだった。智ちゃんは、布団の上で助産婦さんにゆっくり腰や背中を撫でてもらっていた。陣痛の合間に、「私は15時から仕事だから、13時半までには産んでね!」と言うと笑っていたけれど、だんだんと口数が少なくなっていった。
陣痛の間隔が早まって行くとともに、小さな和室にひとりふたりと人が増えて行った。最終的には、4000人の赤ちゃんをとりあげたという素敵な笑顔の矢島先生を合わせて、5人の助産婦さんが智ちゃんを囲み、ゆっくり撫で、呼吸を合わせながら赤ちゃんが出てくるのを待っていた。
そこにいる全員の意識がまちがいなく智ちゃんと産まれてくる子供だけにそそがれていて、その空気がきりっと凛々しく、でもとても優しくて、おもわずぼろぼろっと泣けてきたのでカメラで顔を隠した。
痛いも辛いも言わず、叫ぶこともなく智ちゃんはただ、うーんうーんと唸っていた。一人目を産んだときも、その様子が熊さんのようだと、とても初めてとは思えないくらい上手に産んだねと、助産婦さんに誉められていたのを思い出した。彼女は普段から多くを語りすぎる事もなく、大事なことをきちんと言う人で、私はその様子を見て、ああこういう時もとても上品で、彼女らしいなとおもった。
そろそろだから、ご主人呼んできて!と言われ、外で遊んでいた2人を呼んだ。枕元に座った彼はぎゅっと智ちゃんの手をにぎり、その隣で娘はきゅっと身体を固くして、目を大きく開けて、じいっと唸る智ちゃんを見ていた。どんなことを感じたのか、3歳の彼女は一度だけ、ぽろっと出た涙を、ごしごしと自分の服の袖で拭いていた。
赤ちゃんの頭が少し見えてきたあたりで、矢島先生が時計を見た。「12時には産めるかな。」そう言うと、その場の全員が笑った。11時55分だった。
そこから徐々に、赤紫色をした頭が出てきた。「ほら、頭が出てきたよ。」そう言って、矢島先生は智ちゃんの手をひっぱり、赤ちゃんの濡れた頭を触らせた。ぐうっと顔が全部が出た。その顔は紫色をしていて湿ってしわしわで、むすっと怒ったように見える。まだ泣いてもいない。
「がんばれ、がんばれ、もう少しだよ。」助産婦さん達が、智ちゃんの身体をなでながら口々に言う。そのあと肩が出て、ずるり、と身体が出たけれど、へその緒が赤ちゃんの首にぐるりと巻き付いていた。矢島先生が急いでそれを外すと、赤ちゃんがちょっとだけ声を出し、智ちゃんのお腹の上に乗せられてやっと、わあん、と大きな声で泣き出した。
そして智ちゃんが、「あ、12時だ。」と言った。壁に掛かった時計は秒針までぴたりと12時を指していて、皆で大笑いした。矢島先生の予言通りだ、と。
無事に産まれてきた子は女の子で、とても綺麗で細長い指をしていた。一部始終を見ていた智ちゃんの娘は、なんだか誰よりも赤ちゃんの産まれてくる道理をわかっているように赤ちゃんに触っていた。
智ちゃんがまだ出ないおっぱいを赤ちゃんの口にあてると、しばらくして上手に吸い始めた。すごいね、本能だね。そしてこの人、産まれてからまだ1時間しか経ってないんだねと、皆でしみじみとその様子を眺めた。
家族4人におめでとう、を言って助産院を離れたのは13時半過ぎで、ちゃんと仕事には間に合う事が出来た。仕事相手に、さっき人が産まれてくるところを見てきたんです!と言いたくてうずうずしたけれど、だまっていた。
2回も出産に立ち会えたのは運がよかったし、智ちゃんとの深い縁だなとおもう。自分に将来こどもを産むことがあれば、私も誰かに、出産は面白いよ、よかったら見においでと誘ってみたい。智ちゃんもきっとそう思ったように、ひっそりと終わらせておくのはちょっともったいない。

ちなみに智ちゃんは、一人目を産んだ後に産後ケアの教室に通い、これはすばらしい、と、さっさと勉強し、自分も先生になってしまった。ブログはここから。